書籍・雑誌

2006.04.29

緒方貞子という生き方

  緒方貞子という生き方 

黒田龍彦著: KKベストセラーズ

“小さな巨人”・・ それが海外のメディアが緒方貞子さんにつけた、呼び名でした。その他、彼女につけられた名は“日本のマザー・テレサ”“難民救済の母”“ラスト・リゾート(最後の頼み)の女性”等・・。99年にはユネスコ平和賞を受賞した。 国連難民高等弁務官として、カンボジア、ミャンマー、サラエボ、ボスニア、ソマリア、ルワンダ、ティモール、中南米などの紛争地域を防弾チョッキを着て歩き回った。アフガニスタンでの首相特別代表としての働きは、記憶に新しい。

私も、そんな緒方貞子さんを日本人として嬉しく、誇りに思うと同時に、彼女に生き方や、その土台になっているものを知りたいと思っていました。

 

その時、すぐに読む機会がなかったが、最近これを見つけて読んだので、少し感想などをまとめていようと思ったわけです。

著者が引用していた緒方さんの言葉に次のようなものがあった・・。

「難民問題は"心はあたたかく、頭はクールに"です。相手を思う気持ちは大事ですが、それだけで政策を行ってはいけません。民間には柔軟性のある強みがあります。国連や政府機関は規模も違うし、建前やバランスが必要になりますが、グローバルな取り組みができます。どちらにも組織の利点と限界はあります。」

これは、子供をそだてる時にも、又、リーダーとして立つ人たちにも言えることではないでしょうか。同情したり、その場限りの助けでは、本当に問題は解決しない。そして、其々の長所、限界を知り、それを引き出したり、助けたりすること。フー(ため息)・・簡単にできることではないですよねー。

「慈善援助と言っても、一方的にただかわいそうだから助けてあげるのではなくて、大切にすべき人間の尊厳と言うものをまっとうするために、あらゆることをして守らなくてはいけないと思います。」

彼女が長年にわたって唯一求めていたものだ。

彼女が、ソマリヤの難民キャンプを訪れた時、栄養失調でやせ衰えた赤ん坊を抱いた母親たちに取り囲まれ、せめて子供たちは助けて欲しいと懇願された。彼女は拳で車の屋根を叩き、「私が許すまで二度と尊厳と言う言葉は使わないで。ここには人間の尊厳のかけらもないわ。!」最低の人権すら守られていない状況に怒りを爆発させた。

だからと言って、彼女の難民問題への姿勢は、決して悲観せず、焦らず、着実にこなしていく。彼女の生き方そのものだった・・と著者は評する。

私が彼女をテレビで見て、感じたことは"自然体"であること、難民キャンプで見せる母親のように優しいまなざしと、それとは対照的な、国連や政府の会議などで見せる毅然とした態度と発言。

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緒方さんも、多くの体制の厚い壁に出会ったようだ。アジア初、しかも女性の新弁務官を、周囲は最初冷ややかに見ていたと言われる。本部スタッフに緒方さんの指示、要求を理解してもらう為に、座り込みのハンガーストライキまでしたことがあったとのこと。この小さな日本女性の何処にこんな力が潜んでいるのだろう・・回りの人たちは思ったかも知れない。

彼女の働きが評価され、95年にフィラデルフィア自由メダル(世界平和に貢献した人に贈られる賞)に選ばれた。その時緒方さんは「私は単なる代表に過ぎない。この受賞は、国連難民救済の職員5000人の勇気を讃えるものです。」と答えた。ユネスコ平和賞の賞金1600万円は、アフリカの難民の子供たちの教育の為の基金を設立する為に使われた。日本政府からも何度も外相にとの打診があったが「難民救済の仕事を置いて、行く気はない。」と断り続けた。

この本を読み始めて、最初のパートで、彼女が敬虔なカトリックのクリスチャンであることを知った。テレビに映る緒方さんの言動を見て、もしかしてと思ったこともあったけど、「あー、やっぱり」って思いました。クリスチャンだからこれができると言うのではなく(クリスチャンでなくても立派な人は沢山いる)、考え方の根底に聖書の考えが見えるように感じたことが何度かあったからです。それと、家族特にご主人の理解と協力なしにはできなかったことと思う。神との関係と家族の愛が63歳から新しい使命にチャレンジする支えになったのではないかと思う。

シンガポールのリー・クアンユー上級相は緒方さんを評して、「こういう日本をわれわれは待っていた」と言った。第二、第三の緒方貞子さんが生まれてきて欲しい

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