イスラエル

2008.04.26

ガリラヤ湖-山の上での説教

ガリラヤ湖は、別の呼び名でティベリヤ湖とも言います。2000年も前に、ヘロデ・アンテパス王が、当時イスラエルを支配していたローマ帝国の皇帝ティベリウスに敬意を表して、建設した町をティベリヤと名づけた。

また、旧約聖書の中ではキンネレテ(又はキネレテ)の海と呼ばれていた。湖の形が竪琴(ヘブル語でキノール)に似ていたからと言われている。

バスを降りて、ゆっくり丘に登っていく途中、イエス様が向こうの草むらから歩いてこられるような感じがした。山と言うより丘ですが、イエスが山の上で教えたと言われる山上の垂訓教会と言うのが見えたきた。1930年にたてらてた八角形の壁がデザインされているが、イエスが山の上で八つの「幸いなるかな・・・」と言う言葉で教えられたことに由来する。

     心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人のものだからです。

                              マタイ 5:3      

95_israel_010 山上の垂訓教会

           

           

  

         

            

            

Israe95_007 丘の上からガリラヤ湖を眺める    

          

     

        

         

      

                          

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2008.04.19

ガリラヤ湖-向こう岸へ渡ろう

1995年に、初めてイスラエルに行ってきました。申し込んでいた方が行けなくなったので、急に代わりに行く事になりました。クリスチャンになって、イエス・キリストが歩いたイスラエルの地をいつかは歩いてみたいと願っていましたが、突然こんな機会が与えられ心を躍らせながら夜明け前のベングリオン空港に到着しました。

何だか不思議、どうしてこんなに懐かしい思いが沸いてくるのだろう、聖書でいつも読んでいる、私の魂の故郷だからなのかしらと思いながら、飛行機の窓から見える空港の灯りを眺めていた事を覚えています。

これから少しその時の旅行で撮った写真などを載せながら、その箇所の書かれている聖書の記述にも触れていけたらと考えています。

まず、最初はガリラヤ湖、このブログのテンプレートにもなっているのですが、私が一番好きな場所です。私達が泊まったのはガリラヤ湖畔のキブツホテル「ノフ・ゲネサレ」でした。朝、まだ暗いうちに起きて湖に突き出ている堤防に行き、東の空が明るくなるのを待ち、撮ったものです。

Israe95_003

  

  

                                      

            

   ガリラヤ湖と言えばジーザス・ボートと言う船が出ていて、ガリラヤ湖を遊覧するのですが、この日は朝10時頃から風が出てきて、船は欠航になってしまいました。

           ジーザス・ボート

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2006.11.16

ゴスペル O Come All Ye Faithful

クリスマスの歌、第2弾は、「神の御子は今宵しも」、
英語で“O Come All Ye Faithful”という曲です。
日本語訳は伝統的な賛美歌から・・。

  
1 神の御子は 今宵しも 

  ベツレヘムに 生まれたもう

  いざや 友よ もろともに

  いそぎゆきて 拝まずや

  いそぎゆきて 拝まずや

 

1.O come all ye faithful

    Joyful and triumphant

    O come ye, O come ye to Bethlehem

    Come and behold Him

    Born the  King of  angels

 
       O Come let us adore Him

       O Come let us adore Him

       O Come let us adore Him

       Christ the Lord.

 

                               Latin hymn,18th century

                               English translation by Frederick Oakeley

Cehch330_1               

 

 

 

 

 

 

 

 

御使いたちが彼らを離れて天に帰ったとき、

  羊飼いたちは互いに話し合った。

  「さあ、ベツレヘムに行って、

  主が私たちに知らせてくださった

  この出来事を見て来よう。」   

 
     ルカ2:15         

10年位前に、最初にイスラエルに行った時、ユダの荒野を通り抜けて、エルサレムに行ったことがありました。

途中でベドウィン(定住地を持たないで、家畜などを飼いながら移動して生活している人たち)のテントが見え、とっさに走るバスの窓からシャッターを押しました。

その時に、この聖書の箇所を思い出しました。羊飼いたちが、野原で夜番をしながら羊の群れを見守っていた時、天使が現れ、救い主がベツレヘムで生まれたことを告げたのです。(ルカ2:8-14)

20061100_041_1                    

 

 

 

 

 (ユダの荒野とベドウィンのテント 1995・12)

ベツレヘムは、「パンの家」という意味と言われていますが、イエスは「神のパンは天から下ってきて、世に命を与えるものだからです。」「わたしは命のパンです。・・・」(ヨハネ6:33-35)と言っています。

  
わたし達が行った時、ベツレヘムはお祭りムードでした。実は、ベツレヘムがアラブ人の自治区と決定された時でした。町中パレスチナの旗と、故アラファト議長の写真が張られていました。

  
20061100_078        

 

 

 

 

               
 (ベツレヘム 聖誕教会前のお店  1995・12)    

此処にはアラブ人クリスチャンも多いので、もちろん、パフォーマンスでしょうが、この年のクリスマス・イヴにベツレヘムの聖誕教会の礼拝に、故アラファト議長も参席するということでした。

現在のベツレヘムは、イスラエルのバスでは入れないようです。だから、ツアーコースから外れることも多いとか聞きました。

アラブ人のバスに乗り換えれば大丈夫とのことですが、それも大変だし、危険なこともあるので、観光客は行かないことも多く、みやげ物店は経済的にも苦しい状況だとか・・・。

近年にも、イスラエル軍の戦いで、テロ組織のハマスがこの教会に立てこもり建物の一部を破壊したことが報道されていた記憶があります。

歴史的建造物が、破壊されることは残念です。

でも、もっと大切なことは、美しく飾られた建物ではなく、イエスが生まれ置かれた飼い葉おけのように、汚れていても傷ついていても、イエスはわたし達の心の中に生まれることを望んでおられると言うことです。わたし達と共に人生を歩んでくださるために・・・。

この地に平和が来るように・・・・。

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2006.10.21

シナイ山は何処?

先日、NHKの番組で旧約聖書の出エジプト記に記されている、“イスラエルのエジプト脱出は本当にあった事か?”を検証すると言うのを見た。

http://www.nhk.or.jp/dramatic/backnumber/69.html 

映画「十戒」を最初に見たのは、私がクリスチャンになる少し前のことでした。その頃、自分がその聖書に記述されている場所に訪れるなんて、想像もしませんでした。

以前、4日間でカイロ、ギザのピラミッド、シナイ半島(ジュベル・ムーサ・・モーセの山)に行き、アカバ湾沿いに、進みイスラエルのエイラートに入る。残り4日で(機内も入るので実は3日)で、イスラエルを観ると言う、バスの運転手さんも「こんなのは始めて!」と言うような超強行スケジュールでした。

イスラエルは2回目で、今回の目的はシナイ半島ですが、折角エジプトまで行くなら、やはり少しでもイスラエルに行きたいと思い、このツアーに参加しました。それと旅行会社の激安ツアーだったので、ホテルや食事にはこだわらず、これにしました。

先日の番組では、このジュベル・ムーサは聖書のシナイ山ではなく、歩いた道のり、周辺の地名・・などからして、多分別のところであろうと言われていた。

本当のシナイ山は何処だろうか?しかし正直、何処であるかに私は拘っていない。

私は、史跡などを旅する時、あまり限定された場所にはこだわらない。もちろん、それらを見るのは好きですが、むしろ、その地域の自然、空気を感じたいのです・・。

だから、イスラエルに行っても、大きな教会の建物より(それは歴史的建築として素晴らしいものですが)、ガリラヤの湖畔を歩くとかの方が、どちらかと言うと好きなのです・・・。

2006900_001_25 スエズ運河を渡って、シナイ半島にはいると砂漠が広がる。途中アイン・ムーサ(モーセの泉・・メラと言われている)にたちより、其処をしばらく行くと、次はあたり一面、ゴツゴツした岩山に入って行く・・・。

 

イスラエルがシナイ半島を占領していた時期があり、その頃はこの辺の人々はテルアビブなどに働きに行くこともでき、生活も楽だったとか・・。だからこの土地の人々はヘブル語も話せる人が多いとの事。エジプトに返還されて、皮肉なことに彼らの生活は苦しくなったとの事・・。

舗装された道路、冷房つきのバスの窓から何処までも続く荒涼とした岩山を見て、イスラエルの民が神やモーセに文句を言いたくなった気持ちを、想像はできても、本当に理解することは難しいだろうな~と思ったことです。

  
2006900_001_23 この時は、まだデジカメではなかったので、写真を再度携帯で撮ってみました。

シナイ山の頂上から日の出を待つ・・。この山の上に信じられないほどの人がいます。いろんな国から来ているようです。

突然、ひとつのグループが歌いだしました・・Oh, Lord, my God, when I in awesome wonder (輝く日を仰ぐ時、月星眺むる時・・・ 私もつられて歌ってしまいました。)

 

2006900_001_9_2 山を降りながら、登った山をふり返る・・・。

急な階段の道もあるが、私達はなだらかな道を登った。

ラクダも途中までは行くので、ツアーメンバーで来ていた80歳近いお婆ちゃんは、ラクダに乗って来ていた。さすがに、最後の頂上までの急な階段は凍っている部分もあったので、止められて残念そうだった。

 

2006990 「ラクダはラクダ(楽だ)!」と言いながら、客を招いていた。日本人観光客から教わったのか・・・。

でも、ラクダ自身は「疲れた!」と言っているようだった。 笑

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